「残暑が暫暑?に、そして秋本番」 (2003.10.1 掲載)

今年の8月は冷夏のままで終わると思っていましたが、下旬に入って急に暑さがぶり返しそのまま9月になだれ込んだ感じです。結局9月一杯は残暑の秋で過ぎてしまい丁度8月と9月が逆になって、心配された稲作が帳尻を合わせるかのように少し持ち直したほどです。そしていよいよ10月、本格的な秋に入りました。
私の絵はこのような季節感の機微を表現できず前回の延長に堕した感は免れませんが、人物・動物などを通してこの時期を代表するモチーフにバリエーションを持たせてみました。

「駅ホームでラーメン食う女」:(2003.8.15)

出張で正午過ぎ、名古屋駅東海道線ホームに列車を待っていて見かけました。60才前後と思しき女性がベンチでインスタントラーメンを食べています。行き交う人たちには目もくれず、衣装もこのように重装束?冷夏で多少涼しいものの、見るものに暑苦しさを感じさせます。後日友人にこの話をしたところ、友人も以前見かけたことがあるとのことでどうやら常連のようです。
「名大病院を望む」:(2003.8.15)

名古屋の鶴舞公園から眺めた名古屋大学病院の新病棟です。完成後まだ数年のようですが、公園の緑に囲まれた、円筒形の部分を挟んで左右に広がったユニークな建物です。また病院からの公園の眺めは都心のオアシスとして、患者の病気回復に役立っていると思います。ただ私もここでお世話になることが無いよう気をつけなければ。

「冷夏の鶴舞公園奏楽堂」:(2003.8.15)

終戦記念日のこの日、出張帰りの時間を割いて鶴舞公園を一回りし、あちこちで描いた中の1枚です。例年ならば日中は相当暑く散歩などままならないですがこの日は適当に涼しく、奏楽堂は立ち入る人も無く冷夏の中に静かに佇んでいるという感じでした。なおこの奏楽堂は明治43年(1910)第10回関西府県連合共進会の開催に合わせて噴水塔などと同時に設置された施設のようです。
「冷夏を乗りこえ今夏は2本9輪」:(2003.8.18)

自宅庭のタカサゴユリが年を追う毎に花の数を増し、今年は茎2本にそれぞれ6輪と3輪咲きました。また別の場所に1本生え、1輪咲いています。このユリの名前は今年の春ある方(お名前を失念しました。ごめんなさい)が教えて下さったのですが、我が家の庭で市民権を得て付近にあるサザンカの生垣を出し抜いて目立つ存在になりそうです。
「桑名市六華苑にて」:(2003.8.20)

桑名市の南東で揖斐川河口に近いところに位置し、国の重要文化財に指定された由緒ある公園です。この建物は鹿鳴館の設計で有名なイギリス人建築家ジョサイア・コンドル設計によるものだそうです。またこれ以外にも池泉回遊式庭園を備えた和風建築があり、大正2年(1913)に完成しています。私も今回は中を見ることができませんでしたので、改めて来てみるつもりです。
「盆踊りの太鼓たたく女性」:(2003.8.23)

地元岩倉市の恒例の盆踊り大会での一こまです。中央のやぐらに乗って一人の女性がテープで流される民謡にあわせて、勇壮な撥さばきを見せています。岩倉市には太鼓保存会というグループがあって相当熱心に活動しているので、この女性もそのグループの一員でしょう。あらわになった太ももだけが女性であることを示しているようです。
「花火の目玉」:(2003.8.23)

岩倉市の盆踊りは、例年フィナーレとして小玉の打ち上げ花火と仕掛花火を見せてくれます。ここに描いたのは大きなネズミ花火のようなもので、最初は1個の花火が色を変えながら回転し、途中でこのように2個にふえましたが、なかなか躍動感を覚え楽しい花火でした。なおこの絵は何かフクロウの目玉になってしまいました。
「蝉、残暑を謳歌」:(2003.8.24)

蝉の気温に対する反応は実に確かで、しばらく低調であった鳴き声が8月下旬の暑さがのぶり返しとともにひときわ目立ってきました。この絵は暑さを待ちわびたミンミンゼミが、ひたすら残暑を謳歌している様子を描いたものです。羽化した蝉の命は1週間ほどのため、この蝉も精一杯腹を伸縮させて頑張っていると思います。
「大かぼちゃ目方を当てて!」:(2003.8.24)

いつもお参りしている迫間不動近くの農産物直売所に陳列してあったものです。「目方を当ててください」と張り紙がしてありました。私の勘では30kgくらいでしょう。今頃は各地で大かぼちゃの品評会などが開催されているようですが、一体こんな大きいかぼちゃをどうするのか、それが知りたいです。多分家畜のえさくらいかな。
「屋形船の残暑」:(2003.9.1)

一昨年あたりから神田川を描くことが多くなっています。この絵も浅草橋から隅田川方面を見たもので、係留された屋形船が残暑の昼下がりに身動きひとつせず休んでいる?という感じです。向かって右側にも多くの船が並んでいます。いずれも夕方からは船側の赤ちょうちんに灯火が入り、多くの客を乗せて隅田川から東京港方面に繰り出すことでしょう。
「浅草橋上の人達」:(2003.9.1)

浅草橋での一こまです。ちょうど昼食時で、手前はこうもり傘の露店で主(あるじ)が弁当をあけており、右側では上品な身なりのご婦人が宝くじを買っているようです。橋の中央部分は車も行き来していますが、両側はこのようにのんびりした光景が展開され、残暑も一休みといった光景です。
「冷夏の後の取入れ」:(2003.9.7)

冷夏の今年は稲作農家にとって大変厳しい年になっているようです。あちこちの田んぼではこのように稲刈りや脱穀が始まっていますが、このあたりの稲はあまり冷夏の影響を受けていない感じです。例年早く収穫する品種が今年は不作で、むしろ収穫時期が遅い品種ほど残暑の恩恵を受けたわけです。
「雨蛙の沈思?」:(2003.9.11)

自宅で鉢植えのコエビソウの葉にとどまっている雨蛙を描きました。近寄っても身動きせずじっと瞑想にふけっているという光景です。保護色で葉の色と同じである上、体調3cmほどで小さいので葉と一体化しています。手で触れようとすればオシッコをかけて逃げるかも。

「毘沙門天・善国寺」:(2003.9.17)

東京の神楽坂をほぼ登りきった場所にある小さなお寺です。地元では毘沙門さまと呼んだほうが通りがいい寺で、建立は文禄4年(1595)、寛政4年(1792)現在地に移転したものだそうです。江戸の三毘沙門として親しまれ、神楽坂はそれによって発展したと言う由緒あるお寺のようです。朱色に塗られた建物はそれなりに品格を保っていますが、周囲を高層の住宅など取り囲まれているほか、前面の道路を頻繁に往来する車の騒音などでゆっくりお参りする雰囲気ではないかも。門の上段に並べられたちょうちんに灯が入り、夕方の情景をかもし出していました。
「神楽坂かいわい」:(2003.9.17)

賑わしい神楽坂の通りを脇に一歩入ると、このような閑静な場所が見られます。このあたりは小料理屋などの老舗が軒を連ね、路地に敷き詰めた石畳とともに昔のたたずまいを見せています。夕方であるため玄関先の看板灯や街路灯は照明が点灯されていました。ただ後方の高層住宅が大変目障りです。これがなければもっと風情が感じられるかも。