3年ぶりの作品紹介(2)(2012.4.15 掲載)

今回も3年ぶりの作品紹介で、友人と訪ねた京都永観堂・修学院の秋景色のほか、同年暮れに行ったなばなの里の夜の風景、翌年春叔母と訪れた平等院、ボランティア団体のツアーで行った横谷峡、さらに高校時代の同窓会で楽しんだ長良川鵜飼など15点で、非常にバラエティに富んだ作品集になりました。

永観堂・紅葉の向こうに御影堂:(2008.11.20)

正式名称は「禅林寺」と言い、「もみじの永観堂」としてよく知られている京都東山随一の紅葉名所とのことで、境内には約3000本の楓が植えられており、建物から見える紅葉や庭園は落ち着いた気分にしてくれます。

永観堂総門(2008.11.20)

永観堂では何枚かを描きましたが、いずれも紅葉中心で変化が無いので上とこの2枚を掲げました。また描くことはできなかったですが本尊は「見返り阿弥陀」といわれる首を左に振った阿弥陀如来像が有名です。

修学院離宮・浴龍池の一画(2008.11.20)

修学院離宮は、1659年に完成した山荘で、京都の比叡山の山すそにある自然を生かして造られた離宮です。京都の山々や市街地の景観を取込んだ自然と一体化した美しい景色をみることができます。この池は修学院離宮の上段の谷から流れる川をせき止めたもので、この場所は船着き場のようです。

修学院離宮・浴龍池の遠望」:(2008.11.20)

修学院離宮は上、中、下の三つの離宮に分かれていて、それぞれを松並木の道がつなぐ造りになっています。修学院離宮でも、一番の見所は上離宮の回遊式庭園と言われ、その途中から観た浴龍池の眺めはこの絵ではうまく表現できなかったですが、非常に感動的でした。

修学院離宮にて(2008.11.20)

この絵も修学院離宮の庭園を回遊しながら見かけた場所です。庭園の周囲を回遊すると周りの風景が変化し、並木の紅葉にも目新しさが感じられました。修学院離宮の秋が一つ一つ美しく新しい感動を与えてくれる、本当に良いひと時を過ごすことができました。

「なばなの里・夜の花ひろば」(2008.12.8

なばなの里へはここ数年の間に3度ほど来ており、夜間は2度目です。12月の花には制約があるので昼間より夜間の花模様が却って幻想的な感じもしますです。この絵では花のイメージが照明であらわされた光景を描き羽を広げたチョウを入れました。
なばなの里・光の回廊」:(2008.12.8))

光の回廊はトンネル内に細かい照明をちりばめて貼り付け、トンネル内を歩く人たちを楽しませてくれます。ただ人通りが多いのでひたすらまっすぐ歩くのみになります。
野間大坊本殿:(2009.1.26)

野間大坊は知多半島の南部に位置し、ここには鎌倉幕府初代将軍、源頼朝の父義朝が眠っています。寺の縁起によれば野間大坊が創建されたのは天武天皇の時代(673-686)。父義朝の菩提を弔った頼朝を始め、豊臣秀吉、徳川家康の庇護を受けて発展したそうです。

平等院鳳凰堂」:(2009.4.17)

平等院は過去にも拝観していますが、今回は80代後半の叔母を伴って訪れました。ここは平安時代後期、天喜元年(1053)に、時の関白藤原頼通によって平等院に建立された阿弥陀堂です。この鳳凰堂は池の中島に建てられており、建物は池に映っていますが、この絵では池まで描ききれませんでした。

「平等院・庭園にて」:(2009.4.17)

大上の絵と同じ時の作品です。鳳凰堂前面の池の手前風景で、八重桜が満開でした。散策している人もちらほら、本当にのんびりした雰囲気でした。
横谷峡・乙女滝」:(2009.5.22)

ボランティア団体の春の慰安旅行で訪れた一こまです。横谷峡は奥蓼科温泉郷の一部で渓流が美しく、その中でも乙女滝は名前の通り美しい姿を見せています。この日は天候にも恵まれた上、温泉にも浸かって楽しい旅を満喫しました。

霧鐘塔」:(2009.5.22)

同じ日に霧ケ峰高原を訪れました。この塔は高原に設置されていますが、地図には明示が無く場所は不明です。原っぱにポツンと建ち、鐘自体もあまり大きくないので鐘の音は高原の風にかき消されてしまっていました。

口を開けた鵜匠と鵜」:(2009.10.3)

高校時代の同窓会で、初めて長良川の鵜飼見物を楽しみました。この絵は鵜飼い船に乗船する前鵜匠のリーダーが、魚をくわえた鵜から魚を吐き出させるやり方などを説明してしている処です。鵜は鵜匠に長い首をつかまれてじっとしていました。よく馴らされているようです。この絵は私が会員になっている彩水会の10年度展覧会に出品したものです。
鵜飼見物を楽しむ」:(2009.10.3)

鵜匠が松明の明かりの中で巧みに鵜を操り、水中にもぐった鵜を手際良く引き上げて魚を吐き出させます。鵜船は約10艘で最初は縦列で移動し、最後は横に並んで「ショウ」を見せてくれます。鵜飼いを観ながらの料理や酒もおいしく、大いに感動しました。
「岐阜城」:(2009.10.4)

鵜飼い見物の翌日みんなで岐阜城に上って城内見物や岐阜市内外の景色を楽しみました。稲葉山城と呼ばれ斎藤道三の居城でもあったこの城を織田信長が攻め落とし、岐阜城と改称して居城としたそうです。その後も城主が何人か変わり、天守閣も改築されて現在の城は1956(昭和31)年に完成しています。